深夜。


店長さんもロザさんも眠っている頃。
私は一人、お店の屋根の上でお月見をしていた。
屋根に上るには滅多に使わない"飛翔"を使う。素晴らしい"飛翔"の有効利用だ、と我ながら感心してしまう。
"移動"の方が一瞬なので簡単だとは思うが、それでは、味気ないからね。
折角の、満月なんだし。
こっちの世界の月の方が綺麗に見える、と思ったが、よく考えたらこのお店は街外れにあるのだから当然と言っちゃ当然か。
・・・まぁ、本当はお月見をメインとしているのではないのだが。
メインは、私の膝にあるもの。
簡単に言うと、私は月明かりの下で膝掛けを編んでいる。
この暖色の膝掛けは見た目も暖かく見えるが、この毛糸がまた素材がよくてとても暖かいし肌ざわりもいいし・・・
以前お使いを頼まれた時に、一緒に買ったのだ。
ふんふん、と陽気に鼻歌を歌いながら、私は編み続ける。

すると、急に後ろから何か聞こえた気がした。
鳥か何かの音だろう。


まさか、まさか人ではないだろう、と。






「ねぇ、君なにしてるの?」


「何ってほら、編み物、を・・・・・・って、ぎ、ぎゃはぐっ!」



無意識に大声で叫びそうになったのを、知らない男性の手が私の口を塞いだので、なんとか未然に防げた。
その男性は、ちょうど自分の後ろにいるようで顔が認識することができない。
あ、でも助かった。危ない危ない。だって夜中に大声出したらご近所迷惑ですね。優しい人ですね――。


じゃなくって!
どうしてここに人がいるのだ。しかも男性。一体どうしてこんなところに。ここ一応屋根の上ですよ!

「もがー!ふががー!」
「あぁごめんごめん。離すの忘れてた。」
「ぷはっ  い、え、こちらこそ、急に叫びだしそうになりまして・・・」
「いいよいいよ、こっちこそ、驚かせて悪かったね。」
「いえいえ」 って、ちがぁーう!
無意識にペコペコと名も知らぬ相手にお辞儀をしていたが、よく考えたら今のは完璧に私が被害者だ!
一体、この男はどうしてこんなところにいるのか。
月の光で、ちょうど男の人の顔がわからない。声からして結構若い気がする。が、とりあえず要件を聞かなければ。

「あの…そ、それで、 何か御用でしたでしょうか?」
「いや、ただ通りかかっただけ。  あ、そうそう。君、なんで"fatum"の屋根にいるの?もしかして噂の新人?」

「(ちょ、噂って何!)あ、多分そうです。最近入ったと言います。」

そうか、ついに私も噂になっていたのか・・・。
って、噂ってなんですか!悪いことしたわけではないのに噂になるなんて!
もしやこの人も常連客のうちの一人なのだろうか?
だが私はこんな雰囲気の人を見たことがない。たまにくるクロロさんみたいな人、かな。

「あの、どういう噂なのかお聞きしてもいいですか?」
「・・・いいけど、それ、やめなよ。」

そう言って、男の人は私の方を向いた。(でも、やはり顔は正確には見えない。)
どこかで聞いたことのある声、 でもないかな。気のせいだろうか。

「それって、言いますと」
「敬語。なんか気持ち悪い」
「あ、うん。わかった。   それで、どんな噂なの?」
「かなり背の低い新人の女が作る焼き菓子とプリンがうまい、っていう」
背の低いって余計でしょ・・・

そう思って、溜息をついた。しかも、かなりとはなんだ。



・・・プリン?

私がこっちに来てからプリンを作ったことなんて、あの人の時にしかないはず。
焼き菓子とプリンがうまいということは、だ。

「お兄さん…、もしかしてそれクロロさんから聞いたり?」
「あ、なんだ、知ってたんだ。 そうそう。オレ、一応クロロの知り合いでさ。」
「そ、そっか…」

するとぽすっと彼は私の隣に座り、私が先ほど見ていたように月を見上げた。
その時、やっとその人の顔が見れた。
黒くて長いサラサラした髪と、クリクリした目。
あれもしかしなくてもこの人――――

「そろそろ、オレ帰るね。今度は客として行くよ。」
「うん。じゃ、待ってるよ。」
「あ、あとオレの名前。お兄さんじゃなくてイルミだから。」

またね、



そう言って、真夜中の訪問者はいつの間にか姿を消していた。








それは、月夜のことでした。